
2/4 自転車産業振興協会技術研究所 技術講演会・業務報告会に登壇いたしました
この場所で、3社(オージーケー技研(株)、(一財)自転車産業振興協会、(株)ふたごじてんしゃ)で登壇できることが、夢のように思います。
それは大袈裟でもなんでもなく、本当にそう思うのです。
私は2011年に「我が子の双子を安心して乗せられる三輪自転車が欲しい」と思って動き出してから、3年後の2014年。
中原製オリジナルのふたごじてんしゃが完成しました。これをどうにか製品化にするにはどうしたらいいか、もがいていたころの話です。
そもそも、試験ができなければ製品にはならないと指摘を受け、制約条件をクリアするにはどうすればよいのか悩んでいたころです。
パソコンを開き、藁をもつかむつもりで「自転車 協会」と検索してヒットしたのが、「自転車産業振興協会 技術研究所」さんだったのです。
しかも、堺市にあるということで、すぐに行けることに運命を感じたくらいでした。
ここには3度ほど通い、三輪自転車の疑問に対して沢山教えていただきました。
このような機関があったことで、私は一歩進めたし、こことの出会いがなければどうなっていたのか分かりません。
そして、出会ったこの時にすでにダブルドラムの試験機があったことで、一歩進めると確信できたのでした。
そして、もう1社の登壇者は皆さんもご存じの通り、メーカーのオージーケー技研さん。
私にとって、感謝してもしきれない2法人と同列で登壇させていただけたこと。
このような日が来ることにただ驚きであり、感謝しかありませんでした。
▼講演内容では
オージーケー技研さんが丁寧に試験をすすめてくれたおかげで、これまでにないタイプの自転車であってもフレームの破損などの事故もなく、ここまでこれたのだと思います。
それは、この試験内容を見ていただいたら十分に伝わるのではないでしょうか。
ここまでできる企業があるだろうか。
この企業姿勢を多くの方に知ってもらえる、そんな良い機会をくださった自転車産業振興協会さんに感謝したいです。
それに、ふたごじてんしゃを待っている人達へ届けられるよう、現在の規格ができた目的にそぐうようにと試験方法を工夫してくださった努力。
その一つひとつを知り、私たちは、こうやって多くの方の愛によって支えられているんだと感じた時間でした。
今、目の前にあるものは、偶然ではなく、そこに関わった一人ひとりの「この問題を解決したい」という願い、つまり愛から生まれているのだと思う。
今回は、自転車に関係する方ばかりの参加でしたが、できれば一般の人に聞いてもらいたい内容でした。
こうやって、新しいコトはつくられていく。
こんな風に、新しいものが生まれてくる。
そんな歴史的瞬間を知ってもらえたらいいのになと、心から思ったのでした。
▼この講演会の先に願うもの
ふたごじてんしゃが完成しました。それで物語は終わりません。
これはあくまでも序章でしかありません。
私が今回この場所で登壇したのは、ふたごじてんしゃのような新しい車体が生まれるきっかけになってほしいと思ったからです。
なぜなら、ふたごじてんしゃのような特別なニーズを持っている人達が、家族たちが、この社会にはたくさん存在しているからです。
これまでは、自転車ユーザーになり得なかった人たちの声を、ふたご社では集め、発信していきます。
簡単な道のりではないと思います。
だからこそ、様々な企業さんが人を乗せられる自転車「おでかけじてんしゃ」のジャンルに参入してくれることを願っています。
私たちは、子ども達と一緒に自転車に乗って出かけたいんです。
それが小学生を超えたとしても、私が運転する自転車に我が子を乗せて、お出かけがしたいんです。
これはレクリエーションではなく、生活の延長上にある実用車としての、自転車を望んでいます。
4月から青切符の導入が始まります。
これまで、あまり知られてこなかった「小学生以上の同乗はNG」ということも、今後知ってもらうことになるでしょう。
そうなった時、本当に生活の足を無くす方が出てくることも、可能性としてあるのです。
自転車が、健康な大人一人が乗る乗り物ではなく、家族と一緒に出かけられるツールの一つとなるような社会を目指して、社会全体へ新しい規格の誕生を訴えていきたいとおもいます。
スタッフの感想
私は双子の母でもあり、ふたごじてんしゃの初期ロットユーザーでもあります。
講演では、数えきれないほどの規格の数に圧倒され、その規格に適合した製品だと検証するための細かな試験の数にも驚き、そして、それらの厳しい試験をクリアするため、幾度も工夫と改善を重ねられたことを知りました
普段触れることのない、自転車が生まれるまでの工程を知り得たことも貴重でしたが、
私がもっとも胸を打たれたのは、
役割が異なり、縦割り感のある規格・メーカー・開発者が、それぞれの担当した工程を説明し、マイクを次の工程の担当者に手渡していく様子を見て、
1つの自転車をつくり上げるために、互いに知見を提供し、協力してなしえられたことだったんだとわかったことです。
物心ついたころにはいつもそばにあった自転車。どこに行くにも乗って行けるのが当たり前でした。
双子を妊娠・出産し、どんなに暑くても寒くても、遠くても、徒歩で移動する生活になりました。
0歳では
道中、双子ベビーカーが場所を取ることや2人が泣きだした時のうるささにいつも「すみません」と謝っていました
1歳では
ベビーカーに乗ってくれないことが多くなり出かけることすら満足にできなくなりました
2歳では
手を振り払って散り散りに走り出し、車に轢かれそうになったり、1人は駄々をこねて道に転がり、もう1人はおかまいなしに走り続けるなど、常に命の危険を感じました
この頃、わたしにとって子どもたちとの徒歩でのお出かけは、「苦痛と負担が常につきまとうもの」でした。
なぜ自転車に乗らなかったのか。
初めて2人を乗せて子ども乗せ自転車を運転した時、バランスを取ることが私には難しくて乗りこなせなかったんです。
「私は自分の日常から、自転車という移動の選択肢を失ったのだ」
と感じたショックを覚えています
そんな私にとって、ふたごじてんしゃという存在は、「ただの移動ツール」ではなく
私と子どもたちを孤独感や閉塞感、命の危険におびえる毎日から解放してくれるかもしれない希望の光でした
我が家にふたごじてんしゃが届いた日、わたしは玄関先で号泣しました。
「これがあれば、私は子どもたちと安心して自由に出かけられる」
「人目を気にして自分たちの存在を申し訳なく思うことも、外出を諦めることも、
子どもに機会を与えてやれないと無力さに泣くこともなくなるんだ」
自転車という選択肢が、これほど尊いと感じたことはありませんでした
私は今回の講演に参加して
こんなにも多くの人が、ご自身の知識や技術をめいっぱい駆使して、協力して汗水流してくれたから、私は再び自転車のある生活を取り戻せたのだと、胸がいっぱいになったのです。
開発してくれた中原さん
創意工夫凝らし製品をつくってくださったオージーケー技研さん
試験方法を工夫して実現してくださった自転車産業振興協会さん
そして製品を組立て、長く使えるようメンテナンスしてくださっている販売店さん
どこが欠けても、私と子どもたちの日々の自転車送迎は叶うことがなかったでしょう
技術や知識をもった方々が力と知恵を合わせることで、今後もふたごじてんしゃのような、新しい「人を乗せるための自転車」が生まれ、「困った」が「自由だ!」に変わる瞬間を体感する人がいっぱい増えたらめちゃくちゃ素敵だなと思います









